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コラム 解説

放射光トポグラフ法の利用 (2)
〜 4H-SiCの転位の向きとバーガース・ベクトル 〜

転位の向きは通常uまたはξなどの記号で表現され、これはベクトルで示され結晶方位の表記で記述されています。転位のバーガース・ベクトルb もベクトルで示され結晶方位の表記法で記述され、向きと長さが意味を持ちます。ξbは、FS/RHの取り決めによって関係が定義されています。FS/RHの取り決めについての説明は教科書やインターネットで調べることが可能なので、ここではごく簡単に説明します。図2-1(a)は転位の周囲の結晶格子の模式図です。転位は図の中央部に位置していて、転位の向きは紙面に垂直で、紙面の奥方向に向かっていると設定します。図中の青色矢印に従って、”S”と書いた出発点から、転位を囲むように時計回り方向に一周し、元の”S”と書いた位置と同じ位置まで戻ってくる経路を設定します。

図2-1バーガース・ベクトルbのFS/RHによる求め方。

転位の周りに描いた青色矢印をそのまま完全結晶に持っていって同じように並べてみます。図-1(b)の”S”から出発して時計回りに同じ結晶格子の並進分だけ進むと、図-1(b)の”F”の位置にやって来ますが、出発点”S”に戻って来ません。この時の過不足分は、FからSへのベクトルで示されます。これが、バーガース・ベクトルとして定義されます。

転位は直線状の場合もあれば蛇行している場合もあります。この場合のξbの関係を簡単に理解するために図2-2を示します。蛇行している場合、転位のそれぞれの部分で転位の向きは変わります。bは転位に沿って保存されているので、変化することはありません。転位の向きとバーガース・ベクトルが直交している部分は刃状転位部、転位の向きとバーガース・ベクトルが平行または反平行な部分はらせん転位部、それ以外の部分は混合転位と呼ばれています。ワイドバンドギャップ半導体の研究者とポスターセッションなどの会合で話をすると、転位の向きとバーガース・ベクトルを混同する人が少なからずある程度の比率でいます。この二つは別物です。

図2-2転位の向きξとバーガース・ベクトルbの関係の一例。

以上よりわかることは最初にまず転位の向きを決め、その後にFS/RHの取り決めに従って、バーガース・ベクトルを求めるということになります。そうすると、ここでちょっとした問題が発生します。線状の転位の向きを決めることには任意性があり、2方向の設定が可能です。転位の向きを逆方向に設定すると、FS/RHの取り決めにより、逆向きのバーガース・ベクトルが求まります。例えば図2-1図2-2で転位の向きを逆向きに設定しFS/RHの取り決めに従うとバーガース・ベクトルは逆向きになります。これが混乱を生みます。この混乱を避けるために、通常次のように転位の向きを設定する決まり事が加えられることがあります。応力を与えて結晶を塑性変形させると転位が動きます、つまり転位がすべります。すべりにより変位した部分を転位の上側に来るように配置し、さらに転位がすべった面を転位の右側に見るように配置した時に、転位が奥に向かう方向を、転位の方向と決める!としています。転位がすべることができる面は、4H-SiCでは (0001)面です。この付加的な転位の向きの設定ルールは、結晶の塑性変形に関する考察の際に生きてくる設定のルールです。

4H-SiCのエピ層/基板界面近傍の界面転位の向きとバーガース・ベクトル

4H-SiCのエピ層/基板界面近傍にはホモエピであるにもかわらず、エピ層成長の条件によって界面転位が成長することがあります。この界面転位について、放射光トポグラフ法により、転位の向きとバーガース・ベクトルを決定すると図2-3(a), (b)のようになります。4H-SiCの界面転位はエピ層中ではL字状の転位Aまたは逆L字状の転位Bの2種類の形状が観察されます。表面終端部を持つ基底面らせん転位部が、図中の緑の矢印方向へ移動して、Cコア刃状転位部が延伸し界面転位として成長します。転位A、転位B両方のバーガース・ベクトルは同じb=1/3[1120]であると求めることができます。この転位の向きとバーガース・ベクトルの向きの設定は、基板に対してエピ層部分が変位したと設定し、すべった面を右側に見るように転位を設定すると求めることができます。この設定により、転位Aと転位BのCコア刃状転位部が同じ向きの バーガース・ベクトルを持ち、どちらも同じようにエピ層部を変位させたと設定することができます。この転位の向きの設定ルールでは、転位Aの向きは結晶の奥から表面、転位Bの向きは結晶の表面から奥の方向ということになります。こう設定すると、ここで、新しい次の問題が出てきます。

図2-3(a) 4H-SiCのSi面での界面転位Aの方向、バーガース・ベクトル、転位がすべった部分の、位置関係の説明図。緑色の矢印は転位Aのらせん転位部分(バーガース・ベクトルと転位の向きが平行な部分)が動いて行く(すべって行く)方向。同時に転位Aの刃状転位部分(バーガース・ベクトルと転位の向きが直交している部分)は延伸する。
図2-3(b) 4H-SiCのSi面での界面転位Bの方向、バーガース・ベクトル、転位のすべった部分の、位置関係の説明図。緑色の矢印は転位Bのらせん転位部分が動いて行く(すべって行く)方向。同時に転位Bの刃状転位部分は延伸する。

4H-SiCの場合、かなりの転位がおおもとの種結晶成長時にビルトインされてしまった転位です。また、単結晶成長時に新たに増殖した転位も存在しています。貫通螺旋転位の場合、明瞭なすべり面が定義されておらず、またビルトインされた貫通刃状転位もすべり面は明確ではありません。すべり面が不明なので、転位の向きとバーガース・ベクトルを一意的に決めることができなくなってしまいます。この場合、結晶の奥から表面へ向かう方向を転位の向きだと一つのルールを決めてしまうことは自然だと思われます。全ての転位にこのルールを適応すれば、このやり方でうまく整理できるように思われます。このルールに従うと図2-3の転位Aの転位の向きとバーガース・ベクトルに変化はありませんが、転位Bの向きは逆転し、バーガース・ベクトルも逆転します。あちらを立てればこちらが立たず、になってしまいます。

エピ層成長中に発生する熱応力により転位がすべり、界面転位が発生し増殖している状態を解析する場合は、変位部分とすべり面を考慮して転位の向きとバーガース・ベクトルを決めておくことは理にかなっていると思います。一方で、おおもとの単結晶成長中にビルトインされた転位は結晶成長時に結晶に負荷されている熱応力などにより導入されている転位もあれば、最初に熱応力で導入されたとしても、その後には熱応力とは関係なくただ結晶成長表面に対して垂直になるように成長していく転位も存在しています。このような転位の向きは結晶の奥から表面方向と設定して問題はないように思います。最初の種結晶部や、種結晶をもとにして成長した単結晶部では成長時に受けた熱応力の入り方や履歴が異なっています。さらに単結晶から切り出された基板とその上に成長するエピ層では、熱応力の履歴が異なっています。それにも関わらず、基板とエピ層の転位が繋がっている同一の転位となっていることから、このチグハグなことが発生していると考えられます。何の目的で解析を行うのかを考慮して、矛盾が発生しないように転位の向きを設定することにします。()()()

蛇足的な話ですが、ちなみに図2-3に示している同じバーガース・ベクトルを持ちながら異なる2種類の形状の界面転位AとBの出現は、4H-SiC結晶の対称性に関係しています。図2-4に[1120]方向から見た 4H-SiCの結晶構造を示します。Si原子を中心にC原子を4隅に配置する四面体をグレーの三角形で示しています。4H-SiC 結晶ではこの四面体の位置と向きに依存したアルファベット記号を与えていて、この四面体はABA’C’の順番で[0001]方向に積層しています。ここで、A層と、B層では、四面体は同じ方向を向いていますが、A’層とC’層での四面体の向きはA層と、B層とは異なっています。A’層とC’層では、左右が反転しています。つまりc軸方向に映進対称を持っています。この場合映進面は(1100) 面です。これらの四面体のうち左側に稜線を持ち右側に稜面を持つ四面体にはそのノーテンションに“ ‘ ” プライムをつけています。左側に稜面、右側に稜線を持つ四面体にはプライムは付いていません。

図2-4[1120]方向から見た4H-SiCの結晶構造。グレーの四面体のABA’C’の積層構造を示します。青い破線と赤い破線は基底面転位のすべり面。A、B-siteの四面体は右側の[1100]]方向に稜線、左側方向に稜面を持ち、A’、C’-siteの四面体は右側方向に稜面、左側方向に稜線を持ちます。
図2-5[1120]方向から見たA-site四面体の内部構造。黒丸はC原子。白丸はSi原子。 赤い破線は基底面転位のすべり面。四面体の底面のC原子と四面体中心のSi原子のボンドが切れたり繋がったりしながら赤い破線の部分で転位がすべり運動すると考えられています。

図2-5にA-site四面体の内部構造を図示します。黒丸はC原子、白丸はSi原子を示しています。基底面転位が存在することができるのは図の赤い破線の部分です。四面体の底面部のC原子とSi原子のボンドが切れたり繋がったりして、基底面転位は赤い破線に沿ってすべり運動します。赤い破線で示されている(0001)面は転位がすべり運動をするのですべり面とも呼ばれています。六方晶の4H-SiCでは基底面転位がすべることができる面が1単位胞内に4枚あります。それらのすべり面は図2-4の中に赤い破線や青い破線で示しています。これらのそれぞれのすべり面の上下の最近傍のSi原子とC原子の配置の仕方には、異なる2種類の四面体の向きに起因して、2種類の異なる配置があります。このことにより2種類の異なる形状の界面転位が形成されます。詳しい説明を書くと文章が長くなるので天下り的に述べますが、図2-3(a)のL字状の転位Aは図2-4のC’またはA‘の四面体中に存在している青い波線で示しているすべり面上の転位で、図2-3(b)の逆L字状の転位Bは図2-4のAまたはBの四面体中に存在している赤い破線で示しているすべり面上の転位です。

このL字型と逆L字型の異なる2種類の界面転位の形状は (1100) 面を鏡とした対称的な形をしています。立方晶格子の3C-SiCの場合、3C-SiCでは四面体の向きは1種類しかありません。3C-SiC(111)Si面でのウエハでのエピ層成長で、もしエピ層/基板界面近傍に界面転位が4H-SiCの界面転位と同様な理由により出現するならば、その形状は1種類の形状のみであることが推察されます。

我々が利用していた放射光ベルク・バレットX線トポグラフ法では、基底面転位の向きを簡単に観察することができて、次にバーガース・ベクトルを比較的簡単に求めることができます。トポグラフ像の解析方法を議論する前に、転位の向きとバーガース・ベクトルについての知識を前もって少し整理しておくことは重要だと考えこの文章を書きました。

(つづく)

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