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コラム 解説

半導体Marxパルス電源 (1)
〜 超高耐圧SiC MOSFETの新しい応用 〜

近年、耐圧10kVを越える超高耐圧SiC MOSFETが一部開発者の手に入るようになってきた。TO-268サイズのコンパクトなパッケージに実装され、プリント基板に直付けできる。定格電流が数A程度と小さいが、短パルスであれば数10Aを流すことができる[1]。この超高耐圧SiC MOSFETを応用した例に、加速器の電子銃用パルス電源がある[2]。この電源を組み込んだ高性能電子銃が理化学研究所で試験され、良好な性能が確認されている[3]

超高耐圧SiC MOSFETが使われているのはMarx発生器と呼ばれるパルス発生回路である。Marx発生器は、図1-1上段のように、抵抗とキャパシタとギャップスイッチから構成される

図1−1 Marx 発生器

始めに、入力に繋いだ直流電源で、抵抗を挟んで梯子状に並列接続された複数のキャパシタを充電する。その後、トリガをかけてギャップスイッチを一気に導通させる。ギャップスイッチの放電アークでキャパシタが直列につなぎ替えられて、出力端子に充電電圧のキャパシタ段数倍の高電圧パルスが発生する。Marx発生器は、1923年に発明されて以来、トランス無しで簡便に高電圧を発生できるため、パルス発生に幅広く使われてきた。

半導体パワーデバイスの登場で、抵抗とギャップスイッチを、図1-1下段のように、半導体ダイオードと半導体スイッチで置き換える固体化が進んだ。その結果、Marx発生器は荒っぽい火花放電器から、スマートなパワーエレクトロニクス機器に生まれ変わっている。

半導体Marx発生器の動作原理を図1-2で説明する。充電時は、たすき掛けの放電トランジスタをOFF、下ブランチの充電トランジスタをONにする。キャパシタ充電電流が、青線の経路で、直流電源からダイオードと充電トランジスタを通り接地へ流れる。放電時は、充電トランジスタをOFF、放電トランジスタをONにする。キャパシタが直列接続されて出力端に高電圧が発生し、赤線の経路で負荷に出力電流が流れる。

図1−2 半導体 Marx 発生器の動作原理

Marx発生器に半導体スイッチを使うことで、キャパシタの理想的な並列・直列接続切り替えが行えるようになった。その結果、充電時間の短縮やパルス繰り返し周波数の増大、電源効率の向上が達成された。ギャップスイッチとは異なり、半導体スイッチはキャパシタ電圧が残り放電が続いている途中でも電流を遮断できるので、所望の長さのパルスを出せるようになった。加えて、ギャップ放電につきもののパルスジッターが低減し、電極の劣化も無く信頼性が向上した。

このように半導体Marx発生器は良いこと尽くめであるが、そのかわり制御システムが複雑になる。ひとつのギャップスイッチにトリガをかければ残りのギャップスイッチに放電が伝播してパルスを発生できたものが、半導体Marx発生器では、それぞれのトランジスタを個別にON/OFFする必要がある。トランジスタの数だけゲート駆動回路(とその絶縁電源)を用意して、すべてを同期して動かして初めてパルスが出てくるのである。

所望の出力パルス電圧に対して充電電圧を高くできれば、Marx発生器の段数を減らすことができる。段数が減ればトランジスタ数が減り、ゲート駆動回路も減らすことができる。充電電圧はトランジスタの耐圧で制限されるので、耐圧の高いトランジスタが求められるのである。現在、耐圧4.5kVのSi IGBTが入手できるが、高速短パルス発生に用いるトランジスタには、電流遮断が早いMOSFETがIGBTよりも適している。市場に出回っているSi パワーMOSFETの耐圧は高々900V程度である。冒頭で紹介した50kVの電子銃電源をSi MOSFETで構成すると、耐圧の余裕を見て80段を越えるMarx発生器となる。最近のワイドバンドギャップ半導体デバイス技術の進展で、耐圧13kVの SiC MOSFETが登場して初めて、50kVの電子銃電源を現実的な6段のMarx発生器で実現できたのである。

次回は、Marx発生器の回路動作をステップごとに追いながら、これまでにない超高耐圧デバイスを使う時の留意すべきポイントを見ていく。

[1] 徳地 他, Proceedings of the 15th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan, August 2018, Nagaoka, Japan , pp.1010-1014.

[2] 近藤 他, Proceedings of the 16th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan, August 2019, Kyoto, Japan , pp.679-682.

[3] T. Asaka et al., Physical Review Accelerators and Beams, 23 (2020), 063401

(つづく)

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