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コラム 解説

「キロワット」と「キロワット時」 (2)
〜 いろいろな例で考える 〜

 最近の新聞に、「再エネの発電能力、化石燃料に匹敵 世界で5割規模へ」という見出しの記事がありました。

「・・・再生エネの発電能力は24年には全電源の5割規模になるとみられる。ただ火力などに比べて稼働率は劣るため、実際の発電量は5割より低くなる。・・・」

日本経済新聞2023年6月2日朝刊1面

 記事中の「発電能力」が「キロワット」で「発電量」が「キロワット時」で表される量ですね。この連載で伝えたかった内容が簡潔にまとめられて、さすが日経というところです。「稼働率」の意味するところをしっかり書いて欲しいところですが、わかっている人に伝わるが、わからない人には伝わらないかもしれません。もう少しおつきあいください。

 前回の風力発電の例に戻りましょう。「原発10基分に当たる約1千万キロワットの風力発電」という表現があります。これには、「1千万キロワットの風力発電が導入されれば原発10基を止められる」、と脱原発に期待を持たせるニュアンスを感じさせます。気をつけないといけないのは記事の「1千万キロワット」が、発電所の定格出力を言っていることです。風力発電所の定格出力は、設計上の風速の風が吹いたときに発電できる電力(キロワット)です。その風速は、設置場所の年間の風の吹き具合を考慮して、年間を通じた発電量(キロワット時)が最大になるように選ばれます。設計風速よりも風が弱い時は発電電力は定格出力よりも小さくなり、逆に台風などで風が強すぎる時は風車保護のために発電を止めます。風力発電所で1千万キロワットを四六時中発電できるわけではありません。一方、原子力発電所の定格出力は、発電所の都合が許すかぎり、連続して発電できる電力(キロワット)です。実際、定期点検中を除く年間約300日24時間ずっと1千万キロワット発電します。風力発電所と原子力発電所とでは、同じ出力1千万キロワットでも、1年間に発電できる電力量(キロワット時)は異なるのです。その3で設備利用率の議論をしますが、1千万キロワットの風力発電が導入されても原発10基を代替できないことがわかるでしょう。

 ここからは風力発電から離れて、世の中でよく見聞きするさまざまな電力に関する話題を例題にして、「キロワット」と「キロワット時」の使い方をマスターしましょう。次の話題を考えます。

  1. 地球温暖化対策として、化石燃料による発電を抑制すべし
  2. 夏期の電力需要逼迫の対策として、昼間数時間の節電を要請すべし

 このふたつの主張は、「キロワット」と「キロワット時」どちらで考えるべきでしょうか。1. は「キロワット時」、2. は「キロワット」です。解説します。

  1. 地球温暖化対策では、年間を通した火力発電所のCO2排出総量を減らすことが求められます。「火力発電所の年間CO2排出量」は 「火力発電所の年間化石燃料使用量」に比例します。「火力発電所の年間化石燃料使用量」は「 火力発電所の年間発電電力量」 に比例するので*1、CO2排出量を減らすには、発電電力量である「キロワット時」を減らす、つまり火力発電所の運転を抑制すべしということになります。
  2. 電力需給逼迫とは、ある瞬間の電力需要量が電力供給可能量を越えそうになっている状態です。電力系統では瞬時瞬時の発電電力と消費電力が釣り合あっていないとなりません(これは別稿で解説します)。想定以上に電力需給バランスが崩れると、発電所の系統からの離脱が連鎖して、系統全体の電力供給が止まるブラックアウトに至ってしまいます。2018年9月の北海道胆振東部地震で、苫東厚真発電所が緊急停止したことをきっかけに、北海道全域が停電したのがこの例です。このようなことが無いよう、電力会社は見込まれる最大消費電力を数%上回る供給余力を確保しておくのですが、何らかの理由で供給余力が確保できないことが予想される場合に、節電要請が出されます。節電要請は、瞬間瞬間の電力の需給バランスを確保する「キロワット」の議論になります*2

 需給逼迫は「キロワット」と述べたところで、紛らわしい話なのですが、需給逼迫の原因には「キロワット不足」と「キロワット時不足」の両面があります。キロワットとキロワット時を深く理解するにはこれに触れておくのも良いでしょう。

  1. 「キロワット不足」は、発電設備の事故などで、残った設備をフル稼働しても、発電できる「キロワット」が足りなくなる状態です。記憶に新しいところでは、2022年3月16日に発生した福島県沖地震の影響がその例です。地震で多数の発電所が事故停止して、供給可能な「キロワット」が減って供給余力が乏しくなっていたところに、22〜23日に気温が下がって暖房消費「キロワット」が増えてしまいました。キロワット不足で需給逼迫に至りました。
  2. 「キロワット時不足」は、2021年1月に発生しました。電力各社が冬の需要期前に需要予測を元にLNG在庫を準備していたところ、世界的に例年より寒い日が続き、暖房需要が増えて想定以上にLNG在庫が減ってしまいました。世界中でLNGの取り合いになりスポット価格も高騰しました。次のLNG運搬船が着くまでにLNGタンクが空になったらLNG発電が停まり大停電になってしまいます。発電所の発電能力「キロワット」は十分あるのに、「キロワット時」を産み出す燃料が足りなくなったために、実際の発電電力「キロワット」を絞らざるを得なくなりました。

 「キロワット」は電力の単位で、[仕事率]の次元を持つのに対し、「キロワット時」は電力量の単位、つまり[仕事(エネルギ)]の次元を持ちます。SI単位系ならば仕事率の単位 W(ワット)と仕事の単位 J(ジュール)は見た目も違い間違えにくいのですが、電力の世界では、仕事の単位に見た目がよく似た「キロワット時」を使うので、混乱してしまうのです。ちなみに、1(キロワット時)= 1000(ワット)× 3600(秒)= 360万(ジュール)となり、ジュールで表すと数字がべらぼうに大きくなってしまい、キロワット時よりも使いにくいのです。

 次回は、「キロワット」と「キロワット時」を関連づける重要なパラメータである「設備利用率」を解説します

*1 厳密には、「火力発電所の年間化石燃料使用量」は「 火力発電所の年間発電電力量÷発電効率」に比例します。発電効率を高くすれば、同じ発電電力量「キロワット時」を確保してもCO2排出量を減らせます。世界に数多く残る発電効率の低い(20-30%程度)老朽化した石炭火力発電所を、高効率の石炭ガス化複合発電所(効率50%以上)に置き換えれば、それだけで石炭火力発電によるCO2排出量を半減できるのです。しかしながら、石炭火力を全廃すべきと「0か1か」の選択に凝り固まった人たちには、残念なことに「半減」が理解されません。

*2「昼間数時間の節電」という「キロワット時」を想像させる言い方がされるのは、今のところ瞬時瞬時に節電要請を出して電力需要をリアルタイムで調整することが困難なため、事前に需給逼迫が予想される時間帯をざっくり決めて節電を要請しているのです。

続く)

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