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コラム 解説

放射光トポグラフ法の利用 (1)
〜 SiCテクノロジーの中での放射光X線トポグラフ法の位置づけ 〜

放射光X線トポグラフ法

放射光を用いたベルク・バレットX線トポグラフ法の最大の長所は、非破壊検査であることや、SiCウエハの全面の表面近傍、パワーデバイス全体に含まれる格子欠陥を容易に観察可能な事です。また、結晶の表面から観察可能な深さを調整することができます。エピ層部のみ選択的に転位の観察が可能ですし、エピ層、基板の区別なく格子欠陥を観察することも可能です。ウエハの表面研磨時に導入されたりする表面直下の格子欠陥の観察も可能です。また透過型電子顕微鏡法と比較すると同様の情報を得る際には、解析作業の効率が格段に高いです。現在のSiCのエピ層やパワーデバイス中の転位の密度は、放射光X線トポグラフで観察するのにちょうど都合の良い密度です。例外を除いて、それぞれの転位などの格子欠陥がオーバーラップすること無く、一つ一つを観察することができます。

実験室で利用するX線トポグラフ装置よりも、放射光を用いたトポグラフ法は像の空間分解能が高く、はっきりとした像が観察されます。実験室で利用するX線トポグラフ装置の場合、X線源からのX線強度が弱く、結晶へ入射させるX線の強度をなるべく大きくするために、比較的大きな絞りを光源と試料の間に置いています。このことにより、実験室の装置の場合、入射X線は比較的大きな発散角を持っています。放射光利用の場合、光源から試料までの距離が大変遠く、試料の手前に絞りを置いていますが、このことが入射X線の発散角を小さくしています。また、光源から試料の間に、任意の波長を切り出すための4結晶モノクロメーターが入っています。これらのことにより、実験室のトポグラフ装置の場合と放射光利用の場合とでは入射X線の質が異なり、独特なコントラストを持つ、鮮明に見える分解能の高い像による観察が可能になっていると考えられます。実験室のX線トポグラフ装置では像撮影に長時間が必要ですが、放射光利用の場合X線の強度が強いので、短い時間での像撮影が可能です。実験室のトポグラフ装置の場合、装置自体剛性を持たせた設計をしているものの、装置自体のサイズが大きく、トポグラフ像撮影中に装置の各部が少しずつ機械的ドリフトを起こします。また、床を伝搬してくる機械的振動の影響も拾うことがあり、撮影時間の長さは像質に影響を与えていると思われます。長時間撮影自体、作業効率を落とします。これらのことも、放射光を利用した場合と実験室の装置を利用した場合の像質の違いの原因と考えられます。一方で、実験室のトポグラフ装置は、放射光利用と比較すると利用時間、利用日程に制限はなく、時間に制約のない使い方、利用方法に制限のない使い方が可能なので、いろいろなアイディアでの利用も可能かと思います。近年では、SiCテクノロジー分野での利用者が増えてきたので、SiCテクノロジー専用のX線トポグラフ装置なども作られていています。転位の密度の調査を自動的に行うソフトや、SiC結晶中の転位組織の3次元的解析と表示を行うソフトなども備えた実験室トポグラフ装置なども開発され販売されています。

放射光を利用する際には、絞りが小さく平行X線に近い状態で利用しています。平行に近いのですが小さな発散角を持っています。後に説明しますが、小さな発散角を持っていることが重要で、小さな発散角を伴う入射X線が、いろいろな転位に対応した特徴的なコントラストを与えていていることの一因と考えています。放射光ベルク・バレットX線トポグラフ法では、このいろいろなの転位に対応した独特のコントラストを利用して、転位の種類の判別やバーガース・ベクトルの決定が比較的容易に行うことができています。

顕微PL法の話で述べましたが、4H-SiC結晶ではX線トポグラフ法や電子顕微鏡のg・b解析法では検出することができないステルスな積層欠陥が存在しています。これを検出するには、顕微PL装置を併用する必要があります。そしてX線トポグラフ法の最大の欠点は透過型電子顕微鏡法に比べて空間分解能が劣ることです。格子欠陥がオーバーラップしていて詳細が良くわからないとか、欠陥の形状の詳細や実態がわからないということがあります。このような場合は、やはり透過型電子顕微鏡法を併用して調べなければならないことになります。格子欠陥の解析に必要な知識を蓄積するために、かつて、顕微PL法→放射光X線トポグラフ法→FIB加工→透過型電子顕微鏡観察の作業をワンセットとして調べたりしています。格子欠陥解析の王道のgb解析法は、gベクトル(逆格子ベクトル)を色々と変えて像を撮影して解析する必要があります。この手法は透過型電子顕微鏡法のみではなく、X線トポグラフ法でも有効活用されています。我々が利用していた放射光ベルク・バレット法では、試料の設置、入射X線、回折X線の幾何的関係により、利用可能なgベクトルに制限がかかります。その意味では透過型電子顕微鏡よりも不利です。一方、透過型電子顕微鏡でgb解析を行う際には、ゴニオメーターの可動範囲の大きな透過型電子顕微鏡が好ましく、また試料の前方に磁界を形成させるミニレンズを持つタイプの電子顕微鏡では実験を行いづらく、その意味では、全ての透過型電子顕微鏡でgb解析を行うことは不可能で、gb解析を行うにはそれなりの仕様を持つ透過型電子顕微鏡が必要になります。

放射光X線トポグラフ法は敷居が高い!と何人かの研究者から言われてきました。X線回折装置を利用した経験のある研究者は意外と各社に確実にいます。また、かつて放射光施設を利用した経験のある研究者も、それなりにいろいろな企業にいるようです。そのような人材を活用すると、一般の企業でも放射光X線トポグラフ法は別に敷居の高い手法というわけではないと思います。透過型電子顕微鏡法では、回折の効果、絞りの効果、電子レンズの効果を考慮して観察結果を解析することになりますが、トポグラフ法は、欠陥の観察と解析のみを目的とするのであれば、透過型電子顕微鏡法よりも、実は敷居は低いと考えられます。

我々がよく利用していた放射光施設は、高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーや、佐賀県鳥栖市の九州シンクロトロン放射光研究センターです。フォトンファクトリーの場合、科学研究の研究テーマでフォトンファクトリーとの共同研究のテーマを申請し、申請がアクセプトされれば廉価での利用が可能でした。九州シンクロトロン放射光研究センターの場合、利用料金が安く、また、シンクロトロン放射光の産業応用などに関してとても親切に対応してくれます。実験室で利用可能なX線トポグラフ装置を購入する場合、それらは比較的高価です。一方、仮に九州シンクロトロン放射光研究センターに2ヶ月に一度、1週間程度連続で利用することとして、5年間通い続ける研究計画を想定した場合、放射光施設利用料金と複数の研究者の旅費宿泊費の総計は、実験室で利用可能なX線トポグラフ装置の購入費よりも経済的だと思います。放射光X線トポグラフ法は経済的にも敷居が高いというわけではないと思われます。

これらを表にまとめると以下のように示すことができます。

格子欠陥評価法の比較(PDF:120 kB)

以降の記事に放射光を用いたベルク・バレットX線トポグラフ法による像の解析の仕方について説明していきます。

(つづく)

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