前回の記事では、究極のワイドギャップ半導体とも言えるダイヤモンド半導体の基礎物性と特性指標について改めて整理してみた。今回はそれに引き続き、ダイヤモンド半導体の技術的側面から観た本質と今後に向けた課題を考察してみたいと思う。
4. 半導体材料としての課題
さて、ここで半導体電子デバイスが成立するために半導体素材に求められる条件を改めてまとめてみたい。結論から言うと、次の4項目の課題がクリアされて初めて実用的な電子デバイス技術になり得ると考えられる。
- (1) バルク結晶成長やヘテロエピの可能性
- (2) 欠陥制御
- (3) 伝導度制御
- (4) 界面制御(電界分布)
(1)の結晶成長技術は、言ってみればデバイスとして機能する部分を支える土台を、実用レベルのサイズで用意出来るかどうかに直結する課題である。Siでは、我が国を中心としてバルク成長技術としての結晶引上げ技術が直径300mmを超える領域に達し、そこから生み出されるウェハ供給を通して世界のSiテクノロジーを牽引していることはよく知られている。一方、実用レベルの大口径ウェハ技術が未成熟な場合、その代替技術として用いられるのが、相応のサイズの異種材料ウェハ上に目的の半導体材料を成長させるヘテロエピタキシャル成長技術である。ワイドギャップ半導体として先行してきたSiCやGaNも、開発当初はSiやサファイア基板上への単結晶ヘテロエピ膜の実現が最重要課題で、SiCにおける”炭化バッファ層”、GaNにおける”低温バッファ層”の発見がその後の大きな進展の基礎となった。
(2)の欠陥制御技術は、(1)にも大きく関連する課題であるが、当然のことながら半導体デバイス物理は本質的に「完全結晶」を前提として構築されており、期待されるデバイス機能も同様である。しかし、現実に現在の結晶成長技術から得られる半導体材料には、転位や積層欠陥などの結晶欠陥が数多く含まれており、それが半導体デバイス物理から期待される特性と現実に得られるデバイスチップ特性との間に結構なギャップを生み出している。SiCデバイスで、マイクロパイプと呼ばれる微細なパイプ状の欠陥が耐圧性能に直結すること、転位欠陥がデバイスの特性変動に大きな影響を与える事などがその証左である。その意味で、欠陥密度を必要な範囲に制御した上で実用的なサイズで(1)を実現することが材料技術として極めて重要となる。
(3)の伝導度制御技術は、電子デバイスとして電流のキャリアである電子や正孔(ホール)の濃度を然るべき範囲で制御出来るかと言う課題である。また、負電荷としての電子、及び正電荷としてのホールの両方に対して適切に制御出来ることは、pn接合やデバイ構造中の電界分布制御の観点からも重要である。一般的に言って、ワイドギャップ半導体は電子、或いはホールの片方しか実現できないケースが多かったが、近年の技術進展によって手間はかかるが一応両方のキャリア制御が可能となってきた。
(4)の界面制御技術は、デバイス機能に最も関係する課題である。界面といっても、構造的には半導体/半導体界面、金属/半導体界面、絶縁体/半導体や真空/半導体(半導体表面ともいえる)、機能的にはpn接合界面、ショットキー接合界面、オーミック接合界面、ヘテロ接合界面など、多様なものがある。これら界面での接合は基本的にはデバイス中の電流輸送を担うキャリアに対するエネルギー的な障壁として働いているが、個々の電子デバイス構造中で必要となる機能に応じて必要な箇所に組み込まれている。こちらも(2)と同様に、現実の界面特性は理論的に導かれる理想特性との間に相当のギャップが存在する。その原因としては材料そのもの或いは界面両側の材料間の相性に起因するのが通例であるが、それ以上に界面自体の作製プロセスに起因するものが出来上がるデバイスの特性を大きく左右する。
以下では、基礎物性及び上記のデバイス材料としての観点からダイヤモンド半導体をSiCやGaNと比較してみたい。
5. ダイヤモンド半導体の本質
(1) 広いバンドギャップとドーピング
ワイドギャップ半導体は、一般的には高耐圧のパワーデバイス用材料として注目を集めてきた。その実現のためには、一義的にはバンドギャップ値ないしは絶縁破壊電界が大きいことが重要であると先に述べた。しかるに大き過ぎるバンドギャップ値は、実は適切なデバイス機能を実現するのに差し障りを生じさせることもありうる。
そもそも固体のバンド理論によれば、バンドギャップが大きいと言うことは電気が流れない絶縁体に近づくことを意味する。ここで、大き過ぎるバンドギャップの最大の問題として3点指摘しておきたい。まず、①伝導度制御である。バンドギャップが大きいと、禁制帯中に形成される不純物(ドナー、及びアクセプター)準位の深さも有効質量や誘電率との関係で大きくなるのが通例であり、その結果十分なキャリア濃度を実現すること、及びそれを精密に制御することが困難となる。次に、②絶縁膜界面での接合におけるバンド不連続に関して、バンドギャップ値自体が大きいと障壁として作用するエネルギー差が逆に小さくなってデバイスのリーク電流が大きくなるなどの弊害が生じる。更に、半導体の絶縁破壊電界が大きくなると、むしろ ③絶縁膜自体の絶縁破壊電界がデバイス構造全体の絶縁性能を決めるようになる。その結果、新たな絶縁膜の選択やデバイス構造の再検討が必要になるなどの課題が発生する。
ここで、特に①の観点からダイヤモンドの状況を整理してみよう。Siではリンやホウ素などの不純物は数10meV程度の比較的浅い準位を形成するため、室温で容易にイオン化し、両方の伝導型共に多数キャリアを供給できる。Siと同じⅣ族の化合物半導体であるSiCにおいても不純物準位がやや大きくなってドーピングの難易度が上がるものの、実用上成立する範囲にある。
一方GaNデバイスにおいては、n型はまだしもp型の結晶を得ることは当初困難であった。一応、光デバイス用の高濃度p型ドーピングはドーピング後の熱処理等で可能となったが、電子デバイス用の低/中濃度域におけるp型制御は今でもかなり困難である。そのため、現状の実用的なGaN電子デバイスでは、組成の異なるIII族窒化物間のヘテロ界面に生じる2次元電子ガス(2DEG)がキャリアとしての役割を担っている。
しかしダイヤモンドでは事情が根本的に異なる。ノンドープの結晶がp型伝導を示し、p型ドーピングについてはホウ素(活性化エネルギー370meV)が比較的有効であるものの、それでもSiやSiCのn型伝導度制御ほど自由度は高くない。一方、n型伝導に関してはリンなどがかなり深いドナー準位(活性化エネルギー600〜700meV)を形成することが知られていて、1990年代後半になってPドープのn型結晶は実現したものの、室温で十分な自由電子濃度を得ることはまだまだ難しい。これらの活性化エネルギーを室温のエネルギ-(約26meV)と比較すれば、これら不純物が室温近辺ではほとんど活性化されていないことがおわかり頂けるかと思う。その結果として、パワーデバイスとして重要な指標である数100A級の高電流値を、室温で実現するに十分なキャリア濃度が得られない。更に従来型のpn接合形成も困難となっている。
このため、ダイヤモンドではSiやSiCで実現されている従来型の「バルクドーピングに基づく半導体設計」から離れる必要が生じる。ここで注目されるのがダイヤモンド特有の表面伝導現象である。水素終端されたダイヤモンド表面では、大気中の吸着種との間で電荷移動が起こり、表面近傍に二次元正孔ガス(2DHG)が形成される事が知られている。この現象は現状で動作が実証されているダイヤモンドFETの基本原理となっている。
この表面伝導層の発生の理屈を、Risteinのモデルなど[10-11]に基づいて図4で紹介してみよう。これらの図において縦軸はエネルギーであり、下向きをプラス方向としている。図4(a)は、ニュートラルな状態でのダイヤモンド半導体と表面伝導層をもたらす吸着種のエネルギーを表している。この状態での両者のエネルギーの基準は真空準位Evacである。当然のことながら半導体側と吸着種の間にはエネルギー的な相互作用は未だ存在せず、両者のフェルミ準位EF(分子においては通常、酸化還元準位或いはレドックス準位として同様に扱われる)は異なっている。図4(b)はダイヤモンドの表面が水素終端された状態である。C原子とH原子では電気陰性度(電子を引きつける度合い)に差があり(Cで2.5、Hで2.1)、ダイヤモンド最表面のC層と吸着したH層の間に双極子が発生して両者の間にはポテンシャル差が生じる。その結果、ダイヤモンド側のエネルギーレベルが上に押し上げられ(逆の言い方をすると、真空準位Evac が押し下げられる)、バンドギャップが広いことから、元々図の中で上の方に位置していたダイヤモンドの伝導帯下端EcがEvacよりも上になり、負性電子親和力(NEA : negative electron affinity)が発生する。伝導帯に電子がある場合には外部に電子が放出されることになる。同時にダイヤモンドの価電子帯Evが吸着種の最低空軌道(LUMO)に近づいている点に注目頂きたい。一方で、吸着種がHではなくOなどの電気陰性度がCより大きい場合には、表面に出来る双極子の向きが逆になり、ダイヤモンド側のバンドが下向きにシフトしてNEAもEvのLUMOへの接近も起こりにくくなる。

次に、ダイヤモンド側最表面のH原子(プラスに帯電)に吸着種が引きつけられて吸着した場合に何が起こるかを示したのが図4(c)である。この図はまだ電荷移動が起こる前の非平衡状態を示しているが、先に述べたようにダイヤモンド側のEvが吸着種側のLUMOに極めて近いが、両者のEFに大きな差がある。このような状態では、ダイヤモンドの価電子帯にある電子の吸着種のLUMOへの移動が起こりやすい。その結果、ダイヤモンド表面近傍にホールが発生して表面近傍のバンドが上向きに曲がると共に、吸着種のLUMOに電子が入ることによってそのEFが上側にシフトし、ダイヤモンドのEFに一致して平衡状態となる。その最終結果が図4(d)である。この状態では、ダイヤモンド価電子帯の電子が吸着種のLUMOに移動しており、吸着種は電子の受容体(半導体の言葉で言えばある種のアクセプター)として機能している。ダイヤモンド価電子帯では、発生したホールはバンドの曲がりによって最表面に局在することになり、キャリアチャンネルを形成することになる。この様なキャリア発生のメカニズムはSiCやGaNと全く異質であり、トランスファードーピングとも呼ばれている。
上述の違いを一言でまとめるなら、SiCではバルク、GaNではヘテロ界面、ダイヤモンドでは表面がキャリア発生の源と言っても差し支えないであろう。この差は極めて本質的である。ダイヤモンドでは、もはや「結晶特にその内部だけを制御すればよい」という従来半導体の前提が成立しない。表面吸着、終端状態、更には環境ガスなどがデバイス特性に直接関与することになる。したがって、ダイヤモンド半導体は単なる物性値にもとづく「高性能材料」ではなく、より広範な「表面科学と半導体工学の融合領域」として理解する必要があるように思われる。







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